三池 終わらない炭鉱の物語
三池炭鉱の閉山から10年、
地の底から日本を支えた人々の物語がついに完成!

1997年3月30日、日本で最大の規模を誇った三池炭鉱は閉山しました。でも、その歴史を、「負の遺産」と言う人もいます。囚人労働・強制連行・三池争議・炭じん爆発事故・・・。
過酷な労働を引き受け、誇り高くやまに生きた男と女たちの証言を聞き続け、7年がかりで完成させました。勇気をもって命がけで生きること。そのひたむきなちから。今さらではなく、今だからこそ未来への思いを込めて伝えたい。 150年以上にわたる三池炭鉱の歴史に、初めて正面から向き合った映画です。
熊谷博子監督プロフィール
1951 年東京生まれ。1975年より日本映像記録センターにてディレクターとしてTVドキュメンタリーの制作を開始。戦争・原爆・麻薬などさまざまな社会問題を追い、1985年にフリー映像ジャーナリストとして独立。これまで各TV局で50本を越すドキュメンタリー番組を作る。TV番組のほかにも戦時下のアフガニスタンに生きる人々を描いた「よみがえれカレーズ」(89年土本典昭と共同監督)、自らの育児体験をもとにした「ふれあうまち」(95年)、日本の女性監督たちの格闘を描いた「映画をつくる女たち」(04年)などのドキュメンタリー映画も多数監督する。右手にカメラ、左手にこども、がモットー。
公式ホームページはこちら
語りつぐ人たちの言葉
■掘り始めて一番こわいのは、天井に空洞ができて100メーターくらいの真四角になった時、いっぺんに落つることがあるわけです。もう人間が人間でなかごして吹っ飛んでいくんですね。炭鉱マンだった竹川一正さん
■みんな第二組合に行った人たちを敵視して、交流もせんじゃったですよ。落盤におうた時には、第一も第二もない。互いにしっかりしろと引き起こしてきたのが、われわれ坑内生活じゃないかと。
三池争議を闘った西脇仲川さん
■今だに季忘れられんのは、11月9日の爆発事故の夜の寒かったことと、CO特別立法ができる時の東京の暑さですねぇ。「廃案になった時は、単独で首相官邸に飛び込め!」って私は命令されていたんですよ。 炭鉱事故で夫がCO(一酸化炭素)中毒になった松尾蕙虹さん
■与論島の人たちが、直轄になったのが昭和17年。それまでみんな下請けのゴンゾウ(船積み夫)で、船や貨車に石炭を積み込む時は、みんな歌ば歌いながらやったばってん、。
父が与論島から移住してきた池畑重富さん
■具合悪うして2日休んだだけで、憲兵に捕まって真っ黒い血が出るくらい打たれて打たれて・・・。今日、話してスッキリしました。 現韓国から強制連行された沈載吉さん